昔は出会いの場は少なかった。だから狭い世界で出会った人と、多少のことは目をつむって暮らしてきた。昔の大人は我慢強かった。世界が狭いがゆえに、そこで生きて行くしかないことをよく知っていた。狭い世界は、15年や20年も人生を送れば一通りのものが見られた。その世界の外側があることは認識してても、届くものではなかった。好奇心は失われ、黙々と生きる日々を送ることができた。
いま、世界は事実上の無限に広がっている。人々との出会いはいくらでもある。聞いてすらもらえなかった話を聞いてくれる人々にもどんどん出会える。
住みたいところに住み、食べたいものを食べ、寝たいところで寝る。そんなのもそう難しい話ではなくなった。
広がりすぎた世界にいると、好奇心の満足することがない。飽きることがない。だって世界は無限だし。
好奇心を失うことが大人になることだった時代は、そこで終りを告げる。昔の大人から見れば、いつまでたっても子供のままに見えるだろう。落ち着くことがない。だってまだまだ新しいものが見えるし。
どう考えても若者論より「大人論」のほうが必要ですという記事。この内容には大きく共感するものがある。無限の時代に生きる我々は、新しい大人像を模索する必要がある。
238 名無しさん@12周年 :2012/01/20(金) 13:51:58.91 ID:N2zwrWqSO
私は受験の都合でたまたま名古屋で御三家といわれるお嬢様学校に通っていたのですが、特に高校は県下の女子進学率で一番の進学校だったこともあり、地元エリート家系の女の子が周囲にたくさんいました。もちろん、そうでない子も多数います。(私自身、高校の中では貧乏なほうで成績も落ちこぼれでした・・・残念・・・。)
その中で「本当に良いお嬢様」は、生まれた瞬間から血筋や資産を受け継ぐ者として重い使命を背負わされ、厳しいしつけや茶道華道ほか無数の習い事、学業でも優等生でいなければならない義務感・・・などに縛られて、もがきながら育ってきた子がとても多く、とても楽して生きてきたとは思えぬ世界でした。
その苦労を知らずにお金持ちというだけで悪く言う人がいて、たまに可哀想になることがあります。
だから、いわゆる「成金のお嬢様」といわれる子が
・ 遊ぶお金や時間を自由にもらえる
・ プライドが高く、嫉妬深く、自慢ばかりする
ようなイメージに対し、「本当に良いお嬢様」は、
・ 厳しい環境で育ってきて、控えめで節制して暮らす
・ 余裕があるから自慢する必要が無く、他人を妬まない
・ たくさん学んで身に付けた能力が高いから人を蹴落とす必要がない
・ むしろ相手を尊重してすごく親切に接する人間性
という模範的な性格を感じます。
私の中にある「性格の良い友人知人」について共通点を考えてみた - HINALOG 2.0 (via otsune)
知らないうちにたくさんReblogしていただいていたと知ってビックリコ。
みなさんありがとうございます(><)
77: ロングブーツ(長屋):2010/12/01(水) 22:02:00.27 ID:YZVLKqC70